大阪地方裁判所 昭和57年(ワ)139号 判決 1983年2月25日
原告
下川美代
ほか三名
被告
石光商事株式会社
ほか一名
主文
一 被告らは、各自、原告下川美代に対し、二〇五一万九三六五円及びうち一九〇一万九三六五円に対する昭和五六年一〇月一五日から右支払ずみまで年五分の割合による金員を、同下川弘一、同下川博子及び同下川康尚それぞれに対し、七四七万七〇六二円及びうち六九七万七〇六二円に対する同日から右各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らのその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを五分し、その一を原告らの、その余を被告らの負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮りに執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
原告ら代理人は、「(一)被告らは各自、原告下川美代に対し、二八四九万三〇五六円及びうち二五九〇万三〇五六円に対する昭和五六年一〇月一五日から右支払ずみまで年五分の割合による金員を、同下川弘一、同下川博子及び同下川康尚それぞれに対し、九四四万六五九九円及びうち八五九万六五九九円に対する昭和五六年一〇月一五日から右各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。(二)訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決並びに第一項につき仮執行の宣言を求め、被告ら代理人は、「(一)原告らの請求をいずれも棄却する。(二)訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求めた。
第二当事者の主張
一 原告ら代理人は、請求の原因として、次のとおり述べた。
1 事故の発生
亡下川二男雄(以下「二男雄」という。)は、大型貨物自動車の運転手として水西運送株式会社に勤務していたものであり、被告山田勝弘(以下「被告山田」という。)は、被告石光商事株式会社(以下「被告会社」という。)に勤務し、神戸市灘区岩屋南町四番四五号所在の被告会社配送センター内でフオークリフト運転の業務に従事しているものであるが、昭和五六年一〇月一四日午前一〇時二〇分ころ、二男雄が大型貨物自動車(以下「下川車」という。)のインスタントコーヒーの空瓶の積荷を降ろすために右被告会社配送センターの出入荷場所に下川車を停車させ、被告山田がフオークリフト(以下「加害リフト」という。)を操作して下川車の荷台からインスタントコーヒーの空瓶の積荷を降ろす作業に従事していたところ、被告山田が加害リフトを後退させて下川車の後方の位置から右側方の位置へ移動させようとした際、折しも二男雄が下川車の右側サイドゲートを水平の状態にまで開扉していたため、加害リフトの右側ボデイ及び右側マストが下川車の右側サイドゲートに接触衝突し、このため下川車の右側後部付近にいた二男雄を加害リフトの右側ボデイと下川車の右側サイドゲートとの間に挟みつける格好となり、二男雄は頭蓋骨粉砕骨折、脳挫傷の傷害を負い、同日午後零時七分ころ、同市中央区脇浜町三丁目五番二号所在の小柴外科医院において死亡した。
2 責任原因
(一) 一般不法行為責任(民法七〇九条)
被告山田は、加害リフトを後退させて下川車の後方の位置から右側方の位置へ移動させようとしたものであるが、下川車の積荷を降ろす作業手順としては、このとき、同時に二男雄が下川車の右側サイドゲートの開扉作業を行つていることが予想され、開扉作業の進捗状況によつては加害リフトと下川車の右側サイドゲートとが接触衝突する危険があり、さらに二男雄との間で事故が発生する可能性もあつたのであるから、加害リフトの移動に際しては、二男雄が行つている右側サイドゲートの開扉作業の状況や二男雄の安全を確認しつつこれを行わねばならない業務上の注意義務があるのにこれを怠り、加害リフトを後退発進させるに際し、加害リフト右側に設置されている運転席から下川車を一瞥したのみで、下川車の右側サイドゲートの開扉作業の状況、二男雄の安全を確認することなく加害リフトを後退進行させた過失により、本件事故を惹起した。
(二) 使用者責任(民法七一五条)
被告会社は、輸入業を営む株式会社であり、フオークリフトの運転手として被告山田を雇用しているところ、被告山田は、被告会社の業務の執行中に前記(一)記載の過失により本件事故を惹起した。
3 損害
(一) 二男雄の損害
(1) 逸失利益 四二八二万八七九二円
二男雄(昭和一四年一二月二〇日生)は事故当時四一歳の健全な男子で、自動車運転手として水西運送株式会社に勤務していたものであり、毎月の給与のほか、一年のうちに、毎月の給与の一か月分を下らない賞与の支給を受け、その年収は三七三万五五一五円を下らない額であつたところ、本件事故で死亡しなければ六七歳までなお二六年間就労することが可能であり、また、その生活費は収入の三割を考えられるから、二男雄の死亡による逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して死亡時の時価を求めると、右金額となる。
(算式)
三七三万五五一五×〇・七×一六・三七九=四二八二万八七九二
(2) 慰藉料 一六〇〇万円
本件事故により、生命を奪われるに至つた二男雄の精神的苦痛を慰藉するには、一六〇〇万円が相当である。
(3) 相続
二男雄の相続人は、妻である原告美代、子である同弘一、同博子及び同康尚の四名のみであつて他に相続人はいないから、原告らは二男雄の右逸失利益、右慰藉料に相当する損害賠償請求権(合計五八八二万八七九二円)を法定相続分に従い(原告美代は二分の一であるから二九四一万四三九六円、同弘一、同博子及び同康尚は各六分の一であるから各九八〇万四七九九円となる)相続により取得した。
(二) 原告ら固有の損害
(1) 葬儀費用 原告美代 一一万三二六〇円
原告美代は、二男雄の葬儀を行い七〇万円を支出した。ところで、原告美代は労災保険より葬祭給付として五八万六七四〇円の支給を受けているので、右損害金から保険給付分を差し引くと、残損害額は一一万三二六〇円となる。
(2) 弁護士費用 原告美代二五九万円
原告弘一、同博子及び同康尚
各八五万円
(三) 損害の填補
原告らは、本件事故に関し、労災保険から遺族年金として二二四万九二〇〇円、被告会社から五〇〇万円の支払を受けたので、これを法定相続分と同じ割合(原告美代は二分の一であるから三六二万四六〇〇円、同弘一、同博子及び同康尚についてはそれぞれ六分の一であるから一二〇万八二〇〇円となる。)に分けたうえ、各原告の損害に充当した。
4 よつて、原告美代は、被告ら各自に対し、右3の(一)及び(二)の合計額三二一一万七六五六円から、同(三)の三六二万四六〇〇円を控除した残額二八四九万三〇五六円及び弁護士費用を除く二五九〇万三〇五六円に対する本件事故の日の後である昭和五六年一〇月一五日から右支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、原告弘一、同博子、同康尚はそれぞれ被告ら各自に対し、右3の(一)及び(二)の(2)の合計額一〇六五万四七九九円から、同(三)の一二〇万八二〇〇円を控除した残額九四四万六五九九円及び弁護士費用を除く八五九万六五九九円に対する前同日から右各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。
二 被告ら代理人は、請求の原因に対する答弁として、次のとおり述べた。
1 請求の原因1記載の事実は認める。
2 請求の原因2の(一)記載の点は争う。
本件事故前、二男雄は、下川車右側サイドゲートを開扉するために、まず前部の、次いで後部のフツクリヤーカード(扉の鍵)をはずした後、下川車の中央部右側に移動して右側サイドゲートを下に降ろそうとしたが、降ろすことができなかつたため、下川車の右側最後部付近にあるサイドカード(足を置くところ)の上に上がり、右側サイドゲートの上に両手をかけ、体重を下にかけて一気にサイドゲートを手前に引き降ろし、高さ約八五センチメートルの右側サイドゲートが水平の状態にまで開扉した直後に本件事故に遭遇したものであるところ、通常の場合、トラツクの運転手は、トラツクの中央部付近で両手でサイドゲートを支えながらおもむろにこれを開扉するものであり、本件事故前の二男雄のように、トラツクの運転手がトラツクの最後部付近で無理な姿勢をとりながら、サイドゲートを開扉する行動に出ることは、トラツクの荷降ろし作業に従事するフオークリフトの運転手にとり到底予想することができないことである。
したがつて、被告山田には、原告が主張する確認義務はなく、被告山田には過失がない。
3 請求の原因2の(二)記載の事実のうち、被告会社は輸入業を営む株式会社であり、フオークリフトの運転手として被告山田を雇用していること、被告山田が被告会社の業務の執行中に本件事故を惹起したことは認め、その余は争う。
4 請求の原因3の(一)の(1)記載の事実は知らない。
長距離トラツクの運転は体力を要する激務であつて、通常かかる業務に従事し得るのはせいぜい五〇歳程度までであり、満六七歳まで現在のトラツク運転手としての収入が得られることを前提とする原告の逸失利益の主張は明らかに不当である。
5 請求原因の(一)の(2)記載の事実のうち、原告らが二男雄の死亡により精神的打撃を受けたことは認めるが、原告らの請求する慰藉料額は高額に過ぎる。
6 請求の原因3の(一)の(3)記載の事実のうち、原告美代が二男雄の妻であり、同弘一、同博子及び同康尚が二男雄の子であることは認め、その余の事実は知らない。
7 請求の原因3の(二)記載の事実は知らない。
8 請求の原因3の(三)記載の事実のうち、原告らが、被告会社から五〇〇万円の支払を受けたことは認めるが、その余の事実は知らない。
三 被告らは、抗弁として、次のとおり述べた。
本件事故現場である配送センターにおいては、トラツクの運転手とフオークリフトの運転手とが共同してトラツクの積荷、荷降ろしの作業を行つているところ、配送センターの作業場は、狭小で、かつ作業場では常に数台のフオークリフトが動いていたのであるから、トラツクの運転手においても、トラツクのサイドゲートの開扉作業を行うに際しては、付近のフオークリフトの動静に注意を払い、フオークリフトとの接触、衝突等の事故の発生を未然に防止するよう努めねばならない義務があるところ、二男雄は、右義務を怠り、被告山田の運転するフオークリフトの動静に注意を払うことなく下川車の右側のサイドゲートの開扉作業を行つたもので、本件事故の発生については、二男雄にも右の落度が認められるから、本件事故による原告らの損害額の算定にあたつては、過失相殺がなされるべきである。ことに、被告山田の運転するフオークリフトが下川車の荷降ろしの作業を行うために下川車の後方の位置からその右側方の位置に移動するためには、配送センターの作業場が狭小であるため、下川車に極めて接近しながら走行しなければならず、このことは二男雄において当然予見し得たことと思われるから、本件事故の発生についての二男雄の落度は大きいといわなければならない。
四 原告ら代理人は、右抗弁は争う、と述べた。
第三証拠〔略〕
理由
一 事故の発生について
請求原因1記載の事実は、当事者間に争いがない。
そして、右争いのない事実に、成立に争いのない甲第四号証の五、六、同第五号証の二、三、同第六号証の七ないし四六、被告山田勝弘本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。
1 本件事故現場は、神戸市灘区岩屋南町四番四五号所在の被告会社配送センター中央出入口南側の出入荷場所であること、右配送センターは、被告会社が所有する、東西に長く延びる鉄筋五階建の建物の一階部分(三一九九・五一平方メートル)を占め、その北側は神戸市内を東西に通じる国道二号線に面し、国道側から車両が出入できる出入口が三箇所設けられていること、中央出入口の幅員は六・五〇メートルあり、その南側は幅員六・五〇メートルの出入荷場所になつていること、中央出入口南側の出入荷場所の状況は別紙図面のとおりであり、出入荷場所の東側はコスモフード工場に、西側は事務所と商品置場になつていること、右配送センターでは被告会社の倉庫に収納されているコーヒー豆、インスタントコーヒー、缶詰類、冷凍食品等の品物をフオークリフトを利用して貨物自動車に積み込む等の作業を行つており、事故当時、四種類合計七~八台のフオークリフトを稼働させていたこと。
2 被告山田は、昭和四九年九月に被告会社に入社し、以後、前記配送センターで商品の管理、配送等の職務に従事し、昭和五三年九月にフオークリフトの技能講習を受け、同年一〇月四日にフオークリフト運転技能講習修了証の交付を受けた後、フオークリフトを利用して倉庫内の品物を貨物自動車に積み込みあるいは貨物自動車の積荷を降ろしたりする作業を担当していたものであるところ、事故当日は、午前八時三〇分ころ出動し、フオークリフトによる積荷の上げ降ろしの作業に従事していたこと、事故当日、被告山田が運転していたフオークリフトは、被告会社の所有するリーチ型フオークリフト、トラツク(車体型式FBEA二〇―VC、一〇―四〇〇WB、車体番号一七〇四〇〇二九、最大荷重二〇〇〇キログラム、車体の幅一・一六メートル、前部のツメの部分を除く車体の長さ二・〇〇メートル、ツメの部分の長さ〇・九二メートル、車体の高さ二・五五メートル、以下、加害リフトという。)で、被告山田が使い慣れたフオークリフトであつたこと、ところで、加害リフトの車輪は、前車輪、後車輪一輪の合計三輪で、また、運転台左側にハンドルが設置されており、前進、後退の場合には左手でハンドル操作をする必要があるため、運転手は車体前部に対して六〇度程度左を向いた姿勢をとることになること、また、本件事故当時、加害リフトには後退する際に周囲の人に注意を促すブザーは取り付けられていなかつたこと。
3 二男雄は、昭和五六年四月八日から貨物自動車の運転手として水西運送株式会社に勤務し、同年七月六日からは専ら下川車(大型貨物自動車。登録番号大阪一一い六五七四号。車体の長さ一〇・八三メートル、車体の幅二・四九メートル、最大積載量一〇・五トン)に乗務するようになつたこと、また、下川車の荷台のサイドゲートの高さは約〇・七七メートルであり、サイドゲートの開閉については油圧を利用して一人の運転手の力で開閉することができる構造になつており、サイドゲートを開いて下に降ろす場合には、両手で力を加えて一旦サイドゲートを水平の状態にまで開いた後、更に力を加えてサイドゲートを下まで降ろすことになつていること、二男雄は、事故当日、インスタントコーヒーの空瓶二四パレツトを左右に一二パレツトずつ積み、午前八時過ぎころ、大阪府東大阪市内の水西運送の営業所を出発して神戸市内の前記被告会社配送センターに向かい、同日午前九時五〇分ころ、右配送センターに到着したこと、なお、二男雄は事故当日以前にも、右配送センターで積荷の上げ降ろし作業を行つたことが数回あつたこと。
4 二男雄は、被告山田の誘導により下川車を後退させながら配送センター中央出入口南側の出入荷場所に進入したが、その際、まず荷台の左側部分の積荷を降ろすために、出入荷場所東寄りの別紙図面の位置に下川車を停車させたうえ、同車から降り、同車左側サイドゲートのフツクリヤーゲート(扉の鍵のこと)を外し、左側サイドゲートを下まで降ろしたこと(なお、右配送センターにおける貨物自動車の積荷の上げ降ろしの作業手順では、貨物自動車のサイドゲートの開閉は貨物自動車の運転手が行つていた。)、被告山田は、下川車の積荷の数量を確認した後、加害リフトに乗り込み、同リフトを下川車の左側部付近にまで移動させたうえ、下川車の荷台の左半分に積まれていた一二パレツトの積荷を降ろし、出入荷場所南側に置いたこと、次いで、二男雄は、今度は荷台の右側部分の積荷を降ろすために下川車を一旦左斜め前方へ前進させた後、左斜め後方へ後退させ、出入荷場所西寄りの別紙図面の位置に下川車を停車させたこと、このとき、下川車の前端と出入荷場所西側の事務所との間隔は一・三五メートルであり、下川車の後端と出入荷場所西側の商品置場との間隔は一・一四メートルであつたこと、一方被告山田は別紙図面<1>の位置で加害リフトに乗り込んだまま二男雄に対して手で合図を送り下川車の後退を誘導したこと、なお、このとき加害リフトの前部(ツメの出ている方)は東側を向いていたこと。
5 被告山田は、下川車の荷台の右半分に積まれていた積荷を降ろす作業に取りかかろうとしたが、そのためには加害リフトの前部を西側に向けたうえで加害リフトを下川車の右側部付近にまで移動させる必要があつたことから、一旦加害リフトを別紙図面<2>の位置まで前進させた後、同図面<3>の位置まで後退させ、次いで同図面<4>の位置まで前進させたうえ、同図面甲の位置まで後退させるという方法によつて加害リフトの前部を西側に向けることを考えたこと、そこで、加害リフトを別紙図面<1>の位置から同図面<2>の位置まで約三メートル前進させ、同図面<2>の位置から同図面<3>の位置まで約三メートル後退させた後、同図面<3>の位置から同図面<4>の位置まで三ないし四メートル前進させたこと、なお、同図面<4>の位置で停止した際には、加害リフトの前部は南西側を向いていたこと、一方、二男雄は、下川車右側サイドゲートの最前部と最後部に取り付けられているフツクリヤーゲートを外した後、下川車の荷台中央部の右側に立ち、両手で右側サイドゲートを開けて下に降ろそうとしたが、扉が固く、開けることができなかつたため、下川車右側部の最後部付近に設けられているサイドカードの上に上がり、再度両手で力を込めて右側サイドゲートを開けようとしたところ、今度はサイドゲートの扉が開き始めたこと、被告山田は、<4>の位置で肩越しに下川車の方を一瞥したのみで二男雄の行つている作業の状況を注視することなく<甲>の位置へ向けて加害リフトを後退発進させたが、発進後は加害リフトの車体が<4>の位置から甲の位置へ向かう進路の右側(東側)のコスモフード工場の壁に衝突する危険に対してのみ注意を払い、下川車の右側サイドゲートが水平の状態に開くことについては全く顧慮することなく時速一〇キロメートル弱の速度で加害リフトを後退させたところ、折から二男雄が下川車の右側サイドゲートを開いたため、「ガーン」という大きな音と共に別紙図面<×>の位置で加害リフトの右側マストの地上からの高さ約一・四〇メートルの部分がほぼ水平の状態にまで開いた下川車の右側サイドゲートの後端の側面の先端部付近に衝突し、この衝撃により、加害リフトの後部が進路左側の下川車側に振られたこと、このとき、二男雄は、下川車の右側サイドゲートの先端部分を両手で持ち、上体を下川車の方へ向け、顔を下川車の前部の方に向けながら、まさに下川車右側後部のサイドカードから飛び降りようとしていたところであつたが、加害リフトの右側面に設置されているヘツドカバーボールと下川車の右側サイドカードとの間で頭部を強く挟まれ、下川車の側にもたれかかるようにして転倒したこと、事故が発生したのは同日午前一〇時二〇分ころであり、二男雄は、事故後直ちに神戸市中央区所在の小柴外科医院へ運ばれたが、同日午後零時七分ころ、同病院において、頭蓋骨粉砕骨折による脳挫傷のために死亡したこと。
以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
二 責任原因について
1 一般不法行為責任(民法七〇九条)
前記一で認定した事実によると、本件事故は、被告山田が加害リフトを運転して別紙図面<4>の位置から同図面<甲>の位置まで移動しようとした際、加害リフトの右側マストがほぼ水平の状態にまで開いた加害車の右側サイドゲートに衝突したことによつて発生したものと認められるところ、本件事故現場である出入荷場所において貨物自動車の積荷を降ろす作業手順では、被告山田が別紙図面<4>の位置から同図面<甲>の位置まで移動する間に、二男雄が下川車の右側サイドゲートの開扉作業を行うことが十分予想されたうえ、下川車の右側サイドゲートが開かれると加害リフトの車体が下川車の右側サイドゲートに衝突し、その衝撃でサイドゲートの開扉作業を行つている二男雄との間で不測の事態を招来する危険性も小さくなかつたものと認められるから、被告山田には、加害リフトを別紙図面<4>の位置から同図面<甲>の位置まで移動させるに際し、後方の状況、とりわけ二男雄が行つているサイドゲートの開扉作業の状況等同人の動静を確認せねばならない注意義務があつたといわなければならない。
ところが、被告山田は、前記一認定のとおり、別紙図面<4>の位置で肩越しに下川車の方を一瞥したのみで、その後は後方の状況に何らの注意も払わず、サイドゲートの開扉作業を行つていた二男雄に全く気付かないまま加害リフトを後退させ、本件事故を惹起するに至つたものであるから、被告山田には、後方確認の方法が不十分であつた過失があつたものと認められる。
したがつて、被告山田には、民法七〇九条により、本件事故によつて原告らが被つた損害を賠償する責任がある。
2 使用者責任(民法七一五条)
請求の原因2の(二)記載の事実のうち、被告会社がフオークリフトの運転手として被告山田を雇用していること、被告山田が被告会社の業務の執行中に本件事故を惹起したことについては当事者間に争いがない。そして、被告山田は前記1において認定したとおりの過失によつて本件事故を惹起したものであるから、被告会社は、被告山田の使用者として、民法七一五条一項により、本件事故によつて原告らが被つた損害を賠償する責任がある。
三 損害について
1 二男雄の損害
(一) 逸失利益 四〇一三万二二〇三円
前記甲第六号証の二七、二八、原告下川美代本人尋問の結果により成立の認められる同第一号証の一、弁論の全趣旨により成立を認められる同甲第一号証の一、二、原告下川美代本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると、二男雄は、事故当時四一歳で、昭和五六年四月から水西運送株式会社に貨物自動車の運転手として勤務し、交通費を除く給与として同年七月には二七万八九〇四円、同年八月には二八万八四七八円、同年九月には三〇万七七〇四円を受け取り、右三か月間の平均月収は二九万一六九五円(円未満切り捨て。以下同じ。)であつたことが認められるところ、同人は本件事故に遭わなければ六七歳までなお二六年間就労することが可能であり、その間少なくとも一か月当たり右金額と同程度の収入を得ることができたはずであり、また、その生活費は収入の三割と考えられるから、二男雄の死亡による逸失利益を年別ホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、次のとおり四〇一三万二二〇三円となる。
(算式)
二九万一六五九×一二×〇・七×一六・三七八九=四〇一三万二二〇三
(二) 慰藉料 一五〇〇万円
本件事故の態様、その結果、二男雄の年齢、その家族構成、家族の年齢、原告らが専ら二男雄の収入に依存して生活してきたことその他本件に現われた諸般の事情を考慮すると、同人の死亡に伴う精神的苦痛を慰藉するには一五〇〇万円とするのが相当である。
(三) 相続
原告美代が二男雄の妻であり、同弘一、同博子及び同康尚が二男雄の子であることについては当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によると二男雄には他に相続人がいないと認められるから、原告らは、前記逸失利益及び慰藉料相当額の損害賠償請求権を、法定相続分に従いそれぞれ(原告美代は二分の一であるから二七五六万六一〇一円、同弘一、同博子及び同康尚は各六分の一ずつであるからそれぞれ九一八万八七〇〇円となる。)相続により取得したものと認められる。
ところで、調査嘱託の結果によると、労災保険から原告美代に対し、遺族年金として、二二四万九二〇〇円が支払われたことが認められるから、原告美代の前記相続分から右保険給付分を差し引くと二五三一万六九〇一円となる。
2 原告ら固有の損害
(一) 葬儀費 認められない。
成立に争いのない甲第二号証の一及び三、原告下川美代本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、原告美代は二男雄の葬儀を行い、労災保険から葬祭給付として五八万六七四〇円の支給を受けたことが認められるところ、二男雄の年齢、職業、社会的地位、家族構成等諸般の事情に照らすと、本件事故と相当因果関係のある葬儀費の損害は右労災保険によつてまかなわれたものとするのが相当である。
四 過失相殺
前記一で認定した事実によると、本件事故現場である出入荷場所において下川車の積荷を降ろす作業は、狭い作業場内で二男雄と被告山田とが下川車と加害リフトの位置を適宜移動させながら行う共同作業であり、高さ約〇・七七メートルの下川車のサイドゲートが水平の状態にまで開かれた場合には移動中の加害リフトの進路を遮り、下川車のサイドゲートが加害リフトの車体と衝突する等の事故が発生する可能性も少なくなかつたのであるから、二男雄としては、サイドゲートの開扉作業を行うにあたり、周囲の状況とりわけ加害リフトの位置、動静に十分注意を払つたうえで右作業を行うべきところ、下川車の右側サイドゲートを容易に開くことができなかつたこともあつて、加害リフトの状況に対して全く注意を払うことなく下川車の右側サイドゲートの開扉作業を行つた結果、本件事故に遭遇したものと認められるから、右の点で、二男雄にも、本件事故の発生に関して過失があつたものといわなければならない。そして、右二男雄の過失のほか、前記認定の被告山田の過失の内容、程度、本件事故の態様等諸般の事情を勘案すると、過失相殺として、原告らの損害の一割五分を減ずるのが相当であると認められる。
そして、過失相殺の対象となる損害額は、原告美代については、前記三で認定した二五三一万六九〇一円であり、同弘一、同博子及び同康尚についてはそれぞれ前記三の(三)で認定した九一八万八七〇〇円であるから、これから一割五分を減じて原告らの損害額を算出すると、原告美代につき二一五一万九三六五円、同弘一、同博子及び同康尚につきそれぞれ七八一万〇三九五円となる。
五 損害の填補
原告らが、本件事故に関し、被告会社から五〇〇万円を受領し、これを法定相続分に応じて分けたうえ(原告美代は二分の一であるから二五〇万円、同弘一、同博子及び同康尚は各六分の一ずつであるからそれぞれ八三万三三三三円となる。)、各原告の損害に充当したことは、原告らにおいて自認するところである。
よつて、原告美代については、前記四で認定した二一五一万九三六五円から右填補分二五〇万円を差引いた残損害金額は一九〇一万九三六五円となり、同弘一、同博子及び同康尚については、前記四で認定した各七八一万〇三九五円から右填補分各八三万三三三三円を差引いた残損金額は各六九七万七〇六二円となる。
六 弁護士費用について
本件事案の内容、審理経過、認容額等に照らすと、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用の額は、原告美代につき一五〇万円、同弘一、同博子及び同康尚につき各五〇万円とするのが相当である。
七 結論
以上のとおりであるから、本件損害賠償として、被告らは、各自、原告美代に対し、二〇五一万九三六五円及び弁護士費用を除く一九〇一万九三六五円に対する本件事故の日の後である昭和五六年一〇月一五日から右支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の、同弘一、同博子及び同康尚それぞれに対し、七四七万七〇六二円及び弁護士費用を除く六九七万七〇六二円に対する同日から右支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の、各支払義務があるから、原告らの本訴請求は右の限度でそれぞれ理由があるのでその限度で正当としてこれを認容し、その余の請求はいずれも理由がないので失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条、九二条本文、九三条一項を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 弓削孟 佐々木茂美 孝橋宏)
別紙図面
<省略>